ゆううつ戦記 高校編
今日は消えて無くなりたいと思っていた日々に私に何が起きていたのかを思い出してみようと思います。
私は大学に入学したはじめの年に半年間休学しました。
詳しくはこちらの記事をご覧ください。
休学時に学校へ提出した診断書の診断名は、「適応障害,不安症」でした。
当時の気分の落ち込みを私は「ゆううつ」と呼んでいます。
それは高校3年生か、今思えば中学3年生の頃から始まったような気もします。
生活に支障がでるほどだったのは、高校3年生のとき。学校へは行けても、授業を受けているのがつらい。泣きそうになり教室から逃げるようにしてしょっちゅう保健室へ行ったものでした。
ある日、保健の先生にスクールカウンセラーを紹介されました。
カウンセラーさんに自分の話をしても、話している間は正気で、“ゆううつ”は出現せず淡々とカウンセリングは終わりました。
本当に困るのは授業中や塾にいる間の集中力の低下でした。文章を読んでも意味がわからない、1桁同士の足し算がなかなかできないなど、受験生の自分には致命的な精神状態でした。
これはおかしいと思ってそのあとなんとか病院へ行きますが、
「自分が勉強したくないから病気ということにしたいんだ。卑怯者め。」
そう思わずにはいられませんでした。
そんなの、つらいからつらい。それ以上でもそれ以下でもないんですけどね。つらいのを認めず強がるから、屁理屈こねて余計に苦しくなるのよ
ああ、17歳の自分に会えたら言ってあげたい。
「しんどいね。よくひとりで戦ってきたね。」
「その戦いは、負けてはじめてクリアになるクエストなのよ。あなたの本当の敵は、負けを許せない貴方自身の心。」
「大丈夫。あなたが今不安に思っていること、悲しんでいること、希望を持てないでいることのほとんどは、21歳になる前に片づいているわ。」
まだ迷っていることはあるし、“ゆううつ”があったから今の自分がある(どこかの歌詞で言うところの、ありがとう悲しみよ)…の域までは、まだ達していない。
いつかそう思えるようになるかしら
行ったり来たりを繰り返しながら、少しずつ大丈夫になってきた。
今は楽しく面白く生きている。休み休みでもね。
ゆううつ戦記がどのように終息するのかちらっと書いてしまいましたが、大学編に続きます。